ピエール・ミション『小さき人びと——折々の肖像』(千葉文夫訳、水声社、2023年)/ 横田 悠矢
 ——列車のなかでは心が張り詰めていた。これから本を書かなければならないが、できそうもなかった。  書かなければならない。しかし無気力に苛まれて筆は進まず、もう生きていたくはないが、かといって死のうとも思わない。恋人には素晴らしい原稿ができたと嘘の手紙を出し、実のところはアルコールと睡眠薬に溺れながら、いつか〈恩寵〉が訪れるのを待っている。『失われた時を求めて』におけるゲルマント大公妃邸の書斎や、ランボーの『見者の手紙』に匹敵する奇蹟を期待するもむなしく、ついに恋人にも見放される……。 これは、ピエール・ミション『小さき人びとVies minuscules』のなかの一挿話に過ぎない。とはいえ、...
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