今井と道頓堀の200年
食べることに精一杯だった今井寛三一家がかつて楽器店だった跡地を、食べ物屋としてスタートさせたのは、青葉に包まれた疎開先の寂定院から道頓堀に戻った1946年(昭和21)5月のことだった。 大阪大空襲で焼け落ちた楽器店の跡に建てたバラックの周囲には何もなかった。そこで寒天を売り、氷水を売った。蒸し暑さが増す梅雨のころを乗り切ると、氷水が売れに売れた。 秋がきて、売り物はぜんざいとおしるこ、焼き栗に変わった。そして内緒ながら、うどん、そばを提供するお店へと転換していく。寛三が意図して始めた商売とはいえなかったものの、妻、マチ子のやる気に押されて決断した道だった。しかし、やるからには成功させなければな...
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