しろばんば (新潮文庫)
洪作少年は、五歳の時から父や母のもとを離れ、曾祖父の妾であったおぬい婆さんとふたり、土蔵で暮していた。村人たちの白眼視に耐えるおぬい婆さんは、洪作だけには異常なまでの愛情を注いだ。
――野の草の匂いと陽光のみなぎる伊豆湯ヶ島の自然のなかで、幼い魂はいかに成長していったか。著者自身の幼少年時代を描き、なつかしい郷愁とおおらかなユーモアの横溢する名作。
おぬい婆さんは前屈みの姿勢で途中から足を交互に早く動かして、両手をやたらに振って、半ば駈けるようにして近寄って来た。
「何かな、坊(ぼう)! 」
おぬい婆さんは息を切らして言った。
「ばあちゃ、何でもない」
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