斑鳩寺 その1|兵庫県太子町
推古天皇の14年(606)、聖徳太子は、推古天皇に請われて勝鬘経・法華経を講経しました。それにたいへん喜んだ天皇は、太子に播磨国の水田100町歩を贈り、太子はそれを法隆寺に納めました(『日本書紀』巻22、推古天皇14年条)。やがてその地に法隆寺領鵤荘が成立し、太閤検地まで約1,000年にわたって、法隆寺を経済的に支え続けました。斑鳩寺(いかるがでら)は、この播磨の地を治めるために、聖徳太子が建立したと伝えられています。はっきりとしたことはわかっていませんが、古文書や発掘資料から、平安時代後期の12世紀ころには、瓦葺きの堂塔が建ち並んでいたと考えられています。そして、聖徳太子に対する信仰の中心...
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