藤原京 - Wikipedia
北方に藤原宮跡を望む。後背は 耳成山 。 藤原京は当初、 大和三山 (北に 耳成山 、西に 畝傍山 、東に 天香久山 )の内側にあると想像され、東西1.1km、南北3.2km 程度とみられていた。しかし 1990年代 の東西の京極大路の発見により、規模は、5.3km(10里)四方、少なくとも25km2はあり、 平安京 (23km2)や 平城京 (24km2)をしのぎ、古代最大の都となることがわかり、発見当時は「大藤原京」と呼んでいた。この広大な京域は、南側が旧来の飛鳥にかかっており、「倭京」の整備に伴って北西部に新たに造営された地域を加え、持統天皇期に条坊制の整備に伴う京極の確立とともに倭京か...
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