近代教育の出発|石垣市
王国であった琉球が、廃藩置県によって沖縄県となったのは他府県より八年遅れた明治一二年(一八七九)のことであった。それを機に沖縄県は日本の一県として、各面で日本化(同化)の政策が推し進められた。とりわけ教育はその先がけをなし、翌一三年には、早くも県内に一四の小学校が設置され、同年、八重山でも教員養成のため、沖縄県師範学校速成科へ四人が入学させられるなど、その動きは強力で急なるものがあった。 八重山で初めて小学校が設置されたのは、翌一四年のことで、石垣南小学校と称した。開校当時の学齢児童は四〇〇人を超えていたものの、進んで入学する者はなく、結局、選抜された男子児童三〇...
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