『講和の旗が翻るとき』 第五章|Jin Tonic
📘 第五章「自由への選択」    年の瀬が近づき、東京は一段と冷え込んでいた。  だが、鷲尾圭一の胸中に広がっていたのは、寒さではなかった。もっとべったりと重く、熱く、焦げつくような焦燥だった。  彼の手元には一冊のファイルが置かれていた。  「思想監視対象校・教職員報告書(極秘)」  それは「指導」ではなく、摘発のための名簿だった。  そこには妻・梨花の名前も記載されていた。備考欄にはただ、「慎重観察」と。    「……ここまで来たか」  誰にともなく呟いたその声は、庁舎の壁に吸い込まれた。  戦後、表向きは“国体護持と講和による平和”を掲げた体制は、今や声なき言葉を
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