芥川龍之介 竜
竜 芥川龍之介 一 宇治(うじ)の大納言隆国(だいなごんたかくに)「やれ、やれ、昼寝の夢が覚めて見れば、今日はまた一段と暑いようじゃ。あの松(まつ)ヶ枝(え)の藤(ふじ)の花さえ、ゆさりとさせるほどの風も吹かぬ。いつもは涼しゅう聞える泉の音も、どうやら油蝉の声にまぎれて、反(かえ)って暑苦しゅうなってしもうた。どれ、また童部(わらんべ)たちに煽(あお)いででも貰おうか。 「何、往来のものどもが集った? ではそちらへ参ると致そう。童部(わらんべ)たちもその大団扇(おおうちわ)を忘れずに後からかついで参れ。 「やあ、皆のもの、予が隆国(たかくに)じゃ。大肌ぬぎの無礼は赦(ゆる)し...
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